逃げ先はいつもギャンブルだった

コラム

しんどいことがあったとき、寂しいとき、イライラしたとき、不安になったとき。

そんな時、気づけば「ギャンブル」という逃げ先を選んでいた。

嫌な現実から目をそらしたいとき、心がモヤモヤしているとき、何も考えたくないとき。
パチンコ屋の音、スロットの光、玉の行先、赤・緑・黄色・青の演出、レースの予想や結果、鼓動のように変化する数値の増減だけに集中していれば、少しだけ「現実」を見なくて良かったし「向き合いたくない」という願いを叶えてくれた。

でも、それらは「本当は見なければいけない問題」を「後回しにした」だけだった。

逃げた先に待っていたのは、もっと苦しい現実だった。
お金がなくなる、時間もなくなる、自慢して誰にも言えない。
そしてまたしんどいことが起こって、寂しくてイライラしてギャンブルに逃げる。
まるで「苦しみのループ」にはまっているようだった。

ギャンブルって、逃げ道みたいでいて、実は「落とし穴」だったのかもしれない。

逃げること自体がダメなんじゃない。
ただ、逃げ先が「ギャンブル」だっただけ。本来は毒と知っていながら、手をつけやすく一過的に安心を得るめちゃくちゃ簡単な方法を選んだだけ。

誰だって、逃げたくなる。向き合いたく問題はある。
苦しさから、自分の弱さから逃げる場所はもっと他のもっと心地のよい場所に逃げたほうがいい。
誰かと話し、好きな匂いを嗅ぐ、美味しいものを食べる、散歩に出る。
そういう「やさしい逃げ先」を、少しずつ増やしていこう。

そしていつか、「逃げるため」じゃなく、「生きるため」に自分の行動を選べるように。

今日もギャンブルじゃない逃げ道を選べるようにしよう。

ゆっくりでいい。いやなことがあったら、仲間を頼ってとりあえず吐き出そう。
あなたのいい方向へ進みたいと思って踏み出したその一歩が、確かに未来を変えてるから。

今日もギャンブルのない素晴らしい1日にしていこう。

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